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バハイ、わたしの家

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某爺
VISITOR

数年前,とある掲示板にて「loko-loko」を名乗る文豪により連載されていた小説ぢゃ.
その後,別の場所にて著者自身により転載されておったが,そこもいつのまにか閉鎖されてしもうた.
まことにサーヤンぢゃで,Mac板にはせっかくこのやうな場があるのぢゃから,勝手に転載させていただいておる.

もしloko-loko氏からクレームがあれば,即座に削除させていただくでの.あしからずぢゃ.

No.1
2007/09/13 18:45 ID:.0j6Wa2K8k
チョロQ
MEMBER

キタ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!
>>31 の後半が良く判らないダケド、最終章、楽しみに待ってます。

No.34
2007/09/20 07:54 ID:SqBZtLsWYY
チスモソ *
MEMBER

(¢_¢)ミテマス!
最終章お待ちいたします。

No.35
2007/09/20 11:24 ID:Joz1VmrJ92
loko-loko
VISITOR

その後のハニーの探索はひどく憂鬱なものだった。ゴミと小便の匂いたてる迷路のような区々の路地をさ迷い廻って、どこを見てもまとまった印象のない通りの角々に立つ人々に実際に聞きまわったのだが、杳として行方は知れなかった。愚かなことだった。何万といる人間のうちから写真すらない一人の人間の消息をさぐりあてる作業なのである。
その一角の地帯の海側にはゴミを焼く煙がいつもたなびき、ぼくはそこが、かつて日本のTVで一度見たことのある、この国がそれを国恥とする現象のひとつを見聞できる地域なのだと知った。ノエルでさえそこに近づくのを嫌がったほどに臭かった。
ぼくは仮にハニーがこの一帯のどこかに住んでいるとしても、あの谷底の東屋のほうがはるかにましだろうと思った。

No.36
2007/10/03 04:21 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

車を降りて、一歩、通りに出ると、どこからともなく物乞いたちがいざり寄ってきた。一様に老いさらばえた男女と、炭のようにくすんだ半裸の幼い子供たちが、垢と埃に汚れた手を差し出した。それらはなにか弱弱しい手だった。いくらかの金を握らせると、たちまち餌をまいた生簀のようなさわぎになった。ノエルが制止した。無駄だった。
一瞬のわずかな憐憫にすぎない。ひとりふたりに施すことはむしろ大多数への差別のごとくに、後味を悪くする。悪しき同情を為すより、見ず、触れず、関わらぬほうがいい場所なのである。ここではあからさまに、無力なものが無力なまま放置されていた。だがそれを目の前にするおのれ自身がなお無力であるということを知る場所でもあった。

No.37
2007/10/03 04:22 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

これらは果たして人と呼べるのか?ぼくは限りなく憂鬱だった。もはやぼくにはここに同化しているハニーの姿を思い浮かべることは不可能だった。
賎民、河原者といった、すでに死語となっているだろう言葉が不意に思い出された。無論、ここに身分制度があるというのでない。だから差別はそこに存在しないだろう。ただそこに存在するのは徹底した無視であった、人間としての無視。

一日探して、絶望した。 二度と再び、あそこを訪れる気にならなかった、いや行くべきではない、と思った。あそこは我々とはべつの世界、この地上にあって、あってはならない国、ネヴァーランドだった。仮にハニーをあそこに見つけるとして、そのことになにごとかぼくの行為の意味を身だすことはもはや出来ない、と思われた。

No.38
2007/10/03 04:23 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
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その晩、友人Kが帰ってきた。彼はといえば、列島のうちで二番目に大きい島の都市をたずねて、マリアにめぐり合うことが出来たのだという。ただ彼は、マリアが結婚していて、すでに乳のみ児までいたという事実を見た。その類の話はこんにちではありきたりとなってしまったが、Kのごときはその種のことを体験する先駆的人物ではなかったかという気がする。
Kによれば、着いてすぐ彼はマリアを見定め難かった。別人のようだった、というのである。早く言えば、彼があの店「マニラ」で会っていたときのマリアと比べて、あまりにも薄汚く、冴えない女がそこにいた。ようやく、それと認められたものの、マリアがひとりの母親である風には彼には見えなかった、かつてよりむしろ若く見えたという。

No.39
2007/10/03 04:24 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

マリアにはたくさんの兄弟姉妹がいて、その夫や妻もい、幼い乳児たちも二三人いて、いづれもどういった係累なのか見当がつかなかった。そのうち、ひとりふたりと、その関係は知りようのない人々が集まってきて酒もりとなった。それがどんな具合だったのか、Kの話では、昼間からお祭り騒ぎのようになって、延々と続いた。そのころにはもう、Kは自分がなにをしにここへきたのかわからなくなり、それもどうでもよくなってしまうぐらいだったという。ともかくも、実際、そこで起こってることの収拾はつかず、マリアと話す機会などなかった。それで彼はその夜は近くのホテルをとってガイドとともに泊まり、次の日、母親と数人の兄弟を連れてホテルにきたマリアたちと、彼らの望むがまま、いくつかの観光めいた場所につきあい、食事をしたりするうち、マリアが抱いていたひとりの子供がマリアの子であることを告げられたということだった。

No.40
2007/10/03 04:25 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

驚いたという、だがすでになかば興味を失った彼にとってそれはそれほど重大な問題ではなかったとも彼はいう。マリアは一緒にマニラへ行きたいといったらしい。Kはマリアの夫の存在を問うてみて、いない、ということが信じられなかった。よほど強くマリアはそのことを否定したが結局、Kはマリアの申し出を拒否し、ひとりで帰ってきた。だが、マリアが子供を抱いて、空港で彼を見送りながら泣いていたのはなぜだろう、と彼はいう。マリアはいわゆるシングルマザーであったかも知れない、しかしそれはぼくのをもふくめてそのころの彼の常識を越える事柄であった。

済んだことだ、と彼はいった。が、そういう彼の心理のひだに深く立ち入ることはできない。興味を失ったと彼はいったが、後になって筆無精のKがマリアに便りを送ったということを、ぼくは知る。かれらの間に何があったのか、マリアが彼をどう思い、彼がマリアをどう認めているのか、ふたりにしか判らないことどもである。それを彼の話だけに留めるとしても、それは別としてマリアはハニーについて、Kにひとつの情報を与えていた。

No.41
2007/10/03 04:25 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

Kが無事で帰ってきたこと、それは僥倖であったらしい。それは後に帰りがけに、例の日本人女のガイドから聞かされることである。いずれにしてもぼくらはぼくらの旅の成果を報告しあったのだったが、そのとき、ハニーについてのわずかな情報をえた。それはハニーがかつて、例の地区の近くのクラブでマリアとともに働いていたことがある、ということだった。ことによったら、ハニーは再びそこにいるかもしれない、ということであった。
その地区については先ほども書いた。その夜、今度はKも加わって、ノエルとともにそこへ出かけた。ただ、その繁華街は例の地区より大分離れていた。沿道に露天商が群がって道をふさいでいた。マリアが教えた名前の店は容易に見つけられた。そこはその界隈では案外知られた場所だったのである。

No.42
2007/10/03 04:26 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

暗く異様に広い店内だったという以上に、これといった印象はない、あちこちのテーブルでアラブ人、あるいは中国人と思われる男たちが酒を交わしていた。だがそこはクラブではなかった。中央のステージで10人ほどの女たちが半裸で物憂げな踊りを踊っていた。いかなるジャンルに属するサービスの形態なのかぼくにはわからなかった。
女たちはしばらく踊ると、次のグループに代わった。かれらは胸に番号札をつけていた。観察していると踊っていた女たちのひとりふたりがテーブルに下りてきて、男と店の奥にある扉に吸い込まれていった。見るとそういう扉がいくつもあった。

No.43
2007/10/03 04:27 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

3番目のグループになったとき、ぼくはついにそこにハニーを見つけた。28番の札が揺れていた。それはたしかにハニーだった。ぼくは不思議と驚かなかった。
黒のパンティとブラジャーをつけて、やはり彼女もまた、物憂げな踊りを踊っていた。それは人に見せようとする踊りではなかった。この人の世は存在せず、おのれも存在しない、ただ痛々しく晒された肉体だけが世界の果てに放置され、いのちあるものの証拠として意味もなく動いている、そういう感じだった。それは、ダンサーといっていたハニーの、ぼくが見るはじめての踊りだった。

No.44
2007/10/03 04:28 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

暗い客席にいるぼくをハニーが認めた筈はない。おもわず呼びかけようとして止めた。
そうしてぼくはその店を出た。ハニーの黒い下着がぼくの目に焼き付いていた。見上げるとマニラの空に月が出ていた。なぜだがぼくはハニーのことより、彼女の二人の弟のことを思った。遠い昔に歌った歌を思い出していた。

青い月夜の 浜辺には
親を探して 鳴く鳥が
波の国から 生まれでる
濡(ぬ)れたつばさの 銀の色

夜鳴く鳥の 悲しさは
親を尋ねて 海こえて
月夜の国へ 消えてゆく
銀のつばさの 浜千鳥

No.45
2007/10/03 04:29 ID:6.EfyRGkeo
某爺
VISITOR

∧_∧
(´・ω・`)
( つ旦O
オリジナルはこれで終りぢゃ。

しかし後日、著者自身の手により、エピローグが追加公表されておる。

No.46
2007/10/03 04:32 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

翌日、ぼくらはマニラを発った。
ハニーに会おうとすれば出来ただろう。が、ついにぼくは会わなかった。会うべきだったのか、会わざるべきだったのか、それはいまでも分からない。
その後、ぼくらの街のあちこちに「マニラ」と同じフィリピン人の店が出来始め、酔い客たちの間に、フィリピンパブというジャンルが次第に馴染み始める。ぼくとKも、かつての新鮮な驚きこそ失せたものの、新しい刺激を求めて、それらの店々を探った。
そうして、ぼくにとって、ハニーのことは次第に過去の闇に沈んでいった。その後ハニーがどうなったか全くわからない。けれどもその後、他に無数のハニーがいることをぼくは知る、しかも、そのひとりひとりのハニーにひとつひとつの伺い知れぬ物語のあることを。

No.47
2007/10/03 04:33 ID:6.EfyRGkeo
loko-loko
VISITOR

しばらく経って、「マニラ」が潰れたと風の噂に聞いた。よく判らないが経営者の悪い噂も聞いた。この国の畸形とも言える経済の隆盛が傾きはじめた頃だった。ぼくらはその頃はもう「マニラ」には行かなかった。
それを聞いて格別の感興もなかったが、それからまたしばらく経って、あるとき、ぼくはその「マニラ」の在ったところをたまたま通りかかった。すると、もう店は跡形もなく取りはらわれ、空き地になっていた。驚くほど狭い空き地だった。
かつてここに、ぼくとハニー、Kとマリアの夢の宴、あのめくるめく空間があったのかと、軽い感傷がぼくを捉えた、すべては、もう永遠にこの手に戻ってくる筈も無い、遠い日の幻に過ぎないのかと・・・。

おわり。

No.48
2007/10/03 04:33 ID:6.EfyRGkeo
某爺
VISITOR

∧_∧
(´・ω・`)
( つ旦O
いかがぢゃったろうか。

バハイに番地があることへの、まことにささやかな望み‥
渡比して現地貧困層の生活を目の当たりにしたことがある者には、さぞ胸に迫る何かを感じられることぢゃろうて。
また最後に浜千鳥を出されるあたり、著者の文学的センスが光っておろう。

No.49
2007/10/03 04:59 ID:6.EfyRGkeo
某爺サンへ
VISITOR

     *      *
  *     +  グッジョブ!
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *

No.50
2007/10/03 09:05 ID:T97jW.scoM
(T_T)b  
VISITOR

全文、ありがとうございました・・・m(_ _)m 

No.51
2007/10/08 00:43 ID:2OAX7ORHS.
へ〜
VISITOR

でもさ〜そんな昔の彼女らは、ほとんど入れ歯だったような記憶が。
松本市じゃないけどほぼそれ目的で、接客してたよ?

No.52
2007/10/12 22:47 ID:9jqPl/Egb6
庭師 ★
MEMBER

爺はドクダミ茶さんでつか?

No.53
2009/03/08 16:44 ID:yBcOv.Y9gA
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