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タラベラへの道

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茶爺
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ふたたび,文豪loko-loko氏の小説をご紹介しんぜよう。

No.1
2008/02/21 22:27 ID:NueU9Z7XG6
loko-loko
VISITOR

男は何も問わなかった。あの家にこのまま戻ってすることといえば、蚊を追いながら、梁と蜘蛛の巣を見上げて眠ることだろうか、そして目覚めれば再び、太陽はトタン屋根を焼き、雨はまた容赦なくその屋根を叩くのだろうか。
「なにもない」という茫漠たる表現には、哀しみも、あきらめもない、と男は思った、「世界」というものの有様へのわずかな諧謔と抵抗がこめられているだけだ、それもおそらくは無意識のうちに・・・。

No.31
2008/07/06 16:45 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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なにも言わずエリーは男に寄り添い、男も又なにも言わずエリーの肩を抱いた。その髪の匂いを嗅いでみると、わずかに汗の匂いに混じって籾殻の焼ける幾分香ばしい匂いがした。顔を見ようとして、男はエリーの顎に手をかけてその唇を見た途端、思わずキスしてしまった。エリーは拒まなかった。

それから数時間、もと来た道を車に揺られた。
気が付くとまた喧噪と渋滞の底にいた。

No.32
2008/07/06 16:45 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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「どこへ行こうか?」と男は訊いた。
「カラオケへ行きたい」とエリーは答えた。
ここへきて思いつく娯楽といって、この世紀末に、人類が発明した最も愚劣な時間つぶししかない。それから、数時間を、エリーと男は、つまりはふたりが日本で過ごしたと同じ手法でなぞった。エリーにとってそれがもはや仕事ではないということと、完璧に自由であるという違いはあるにしても。

No.33
2008/07/06 16:46 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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エリーはタラベラへの道を、いつでもバスを駆って帰ることもできた筈だ。
だが帰らなかった。
しばらく遊んだあと、彼らふたりは男の泊まるホテルへ行った。その隔絶した空間のなかでは、エリーはいささかぎこちなく見えたが、ふたりとも酔い疲れていて、ふたつのベッドのそれぞれへ着の身着のまましばらく眠った。

No.34
2008/07/06 16:46 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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ふと目覚めて男は誰かが隣のベッドにいるのに気づいた。
「ああ、そうだった」と男は、今日の出来事を振り返った。そしてシャワーをし、エリーにも勧めた。「着替えがない」とエリーはいった。「今夜は裸で寝ればいい、あした着替えを買ってきてあげよう」と男はいった。それに頷いて、浴室へ向かうエリーのふるまいは、まるで数年来の恋人のそれのようで、男はその「親しさ」の感覚をなにかなつかしいものに感じていた。遠い昔にこのように甘く、一種ときめくような時間を味わったことがある。

No.35
2008/07/06 16:47 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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だが、シャワーを終えたエリーは、暗闇のなか、男のベッドへは来ず、隣のベッドへ向こうむきにすべりこんだ。そうしてしばらく沈黙がつづいた。が、寝息が聞こえるのではなく、男はエリーがそのまま眠りについたようには思えない。
「エリー」 と男は呼んでみた。
「はい、」 とやはり答えがした。
「いっしょに寝ようか」と男はいった。「恥ずかしい」とエリーは答えた。そこで男は自ら、エリーのベッドへいった。後ろ手に抱きしめてみると髪が濡れていた。身体が冷たかった。
その固く冷たい身体がなにごとか主張しているように男には思えた。

「エリー」と再び呼んだ。
「・・・はい」
こちらを向けようとしたが、やはり身体は固かった。男は、左腕にエリーの首をのせたまま、仰向けになった。再び睡魔が襲ってきた。

No.36
2008/07/06 16:48 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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どれほど経ったろうか、ふと気が付くとエリーの唇が男のうなじに触れ、眠っていた。いつのまにかエリーはその身体を男に向け、寄り添うている。エリーの胸がその呼吸のたびに男の胸をくすぐり、その脚は男の脚にからんでいた。激しい情欲が男を襲うのをとめることはできなかった。
わずかな抵抗はあった。が、「あっ」という小さな叫びとともにエリーは男を許していた。

No.37
2008/07/06 16:49 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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その間なんの言葉もなかった。
男は遠いものを見るように、横に抱かれるエリーというものの存在の有様を思い描いた。エリーはいまそこに熱い息を男のうなじに吐きかけているのであるが、そこに存在する以外のエリーがどこかに存在するように思われた。
どこだろうか?男の頭にあのタラベラの曇った空が浮かんだ、また雨に打たれる稲穂の波、鬱然と霞む遠くの山々・・・

No.38
2008/07/06 16:49 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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「日本へ帰ったら、」とそのときエリーが初めて声を発した。
日本へ帰ったら、エリーが前に男と出逢った店に、カティという娘が居る、その娘をどうか指名してやって下さい、というのである。その娘は幼なじみで、親友で、日本は初めてだから、「カワイソー、オネガイシマス」と言った。

No.39
2008/07/06 16:50 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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翌朝、目覚め、着替えを買い、食事をとるとすぐエリーは帰るといった。
もうすこし一緒にいよう、と言う男に、できない、という。なぜか一刻もはやく家へ帰らねばならないという雰囲気がそこにあった。その理由は深く問わぬまま、男はバスのターミナルまでエリーを送ることにした。

No.40
2008/07/06 16:50 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
VISITOR

「いつ日本へまたくる?」と男は訊いた。
「まだわからない」とエリーは笑った。
バスに乗り込むエリーは男の手を握り、軽く頬にキスしただけだった。再会の約束もなかった。男は薄汚れたバスが黒い煙を吐きながら、タラベラへ向かってのろのろと動き出すのをしばらく見送っていた。エリーの姿を探してみたが、くもった窓ガラスのなかは何も見えなかった。

No.41
2008/07/06 16:51 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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翌日、男はマニラを発った。
男を乗せた飛行機が北上する窓の下、雲のあいまあいまに、広い稲の原が見えた。その変化に乏しい景色のなかに点在する町々を目で追っていったが、あの冗長な旅の軌跡は一瞬のうちに視界から消えた。最後に、火山の噴火が拵えた巨大な灰色の扇状地が山々の間から海へ沈むのを認めた。それだけが痛々しくもその風景のなかの一個の豁然たる変化だった。

No.42
2008/07/06 16:51 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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日本へ帰るとすぐ、男はエリーの友達カティのいる店を訪ねた。
はじめて見るカティーは目の大きい、優しそうな娘で、未だ垢抜けせぬ化粧の顔に、精一杯の笑顔をもって彼の前に登場した。男は早速エリーの友達だと告げ、エリーから「指名」を依頼されたと話した、それから、タラベラへの旅から帰ってきたばかりだということ、エリーとの出逢い、家族たちのこと、それから「なにもない」と言われたタラベラという地の断片的な印象、などなど。

No.43
2008/07/06 16:52 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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男はそれを幾分戯けた調子で話して、半ばカティを笑わせるほどのつもりだったから、横ですすり泣きをはじめたカティに驚いた。他の女や客たちが気づいて、なにごとかとこちらをのぞいている。やがて先輩らしき女がきてカティをたしなめるのを制止し、彼はカティを胸に抱き、泣くのにまかせた。さらに激しく啜り上げるカティの泣き声と涙を自分の胸に押し込めながら、男はカティの髪の匂いを嗅いだ。
籾殻の煙の匂いはもう匂うわけはなく、かわりにたばこの煙の饐えた匂いがした。

おわり

No.44
2008/07/06 16:53 ID:qpf5Bhucgo
茶爺
VISITOR

初期バージョンはこれで終わりぢゃ。
∧_∧
(´・ω・`)
( つ旦O

その後の改訂版では、最後の文章が多少変えられておる。

No.45
2008/07/06 16:55 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
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男はそれを幾分戯けた調子で話して、半ばカティを笑わせるほどのつもりだったから、横ですすり泣きをはじめたカティに驚いた。他の女や客たちが気づいて、なにごとかとこちらをのぞいている。やがて先輩らしき女がきてカティをたしなめるのを制止し、彼はカティを胸に抱き、泣くのにまかせた。

「帰りたい、故郷へ帰りたい、家族に逢いたい」とカティは泣くのだった。

No.46
2008/07/06 16:56 ID:qpf5Bhucgo
loko-loko
VISITOR

タラベラの曇った空、雨に打たれる稲穂の波、鬱然と霞む遠くの山々を男はまた思い出していた、そしてバスに乗って帰ったエリーの後姿を。さらに激しく啜り上げるカティの泣き声と涙を自分の胸に押し込めながら、男はカティの髪の匂いを嗅いだ。籾殻を焼く煙の匂いはもう匂うわけはなく、かわりにたばこの煙の饐えた匂いがした。
昔エリーと歌った歌の文句がふと浮かんだ。

Don't you draw the Queen of Diamond, boy.
She'll beat you if she's able.
You know the Queen of Heart is always your best bet・・・

No.47
2008/07/06 16:56 ID:qpf5Bhucgo
茶爺
VISITOR

∧_∧
(´・ω・`)
( つ旦O
いかがぢゃったろうか。

在りし日の、OCW全盛の頃が思い出されるの。
「なにもない」フィリッピンの田舎から、短期間ながら日本といふ異国へ働きに出る非日常性は、たとへ欺瞞といへども、ババエさんらにとって貴重な経験ぢゃったろう。
良きにつけ悪しきにつけ、一つの時代ぢゃったのぅ。

風景の描写がたいへんに美しく、また時間経過の表現が実に見事でな、まるで短い映画を見ているような文章ぢゃ。さすがはloko-loko氏ぢゃと、当時感服いたしたのを思い出すの。

No.48
2008/07/06 17:24 ID:qpf5Bhucgo
(T_T)b
VISITOR

茶爺さん
まらみんさらまっぽでした♪
待ってて良かったでふ(*´ω`)ムフ♪

No.49
2008/07/06 20:34 ID:MwDlJOougQ
庭師 ★
MEMBER

きれいな風景描写おそれいりまつ(>_<)
茶爺さん!また埋もれた名作に明かりを充ててくださいm(__)m

No.50
2009/03/08 17:29 ID:FDWV9K4.hE
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